ハラスメント

モラルハラスメント

東さんのモラハラ体験を今回書いてみましたが、
読んで驚いた方もいるかもしれません。

でも、たった数話で2年間受けたモラハラのすべてを書くことはできません。
日常茶飯事だった小さな出来事はあえて省略しましたが、実際には一緒にいる間、常に暴言の嵐でした。

私は東さんと仲良く過ごしたい一心で、怒らせないように顔色をうかがいながら過ごしていました。

東さんがどう思っていたのか、本当のところはわかりません。
ただ、モラハラが酷くなってからは、
“彼女”というよりも“都合の良い飾り”のような扱いだったと感じています。

『親しき中にも礼儀あり』

この言葉は本当にその通りだと思います。

人にはみんな感情があります。
雑に扱われれば悲しくなるし、嫌いにもなる。
逆に丁寧に接してもらえれば、相手に自然と好意を持ちます。

近しい関係だからといって、雑に扱っていい理由にはなりません。

自分がされて嫌なこと、言われて嫌なことはしない。
これは当たり前のようでいて、実はとても大切なことです。

そして時には、自分は平気だと思ってしたことが、相手にとっては深く傷つくこともあります。
だからこそ、本来の人間関係には思いやりが必要なのだと思います。

でも、ハラスメントはまったく違います。

そこには思いやりではなく、
「相手を傷つけてもいい」
「支配してもいい」
という感覚があります。

冗談のように見える言葉の中にも、悪意や見下しが混ざっている。
相手をコントロールするために、少しずつ心を削っていく。

それがハラスメントの本当の怖さです。

もし今、誰かの言葉や態度に苦しさを感じているなら、その違和感を無視しないでほしいです。

近しい関係でも、恋人でも、家族でも、雑に扱われていい人なんていません。
苦しいなら距離を取っていいし、逃げてもいい。

自分の心を守ることを、一番大切にしてほしいと思います。

『逃げられない』
そんなことは絶対にありません。

まずは勇気を出して、その場から離れてください。
ハラスメントをしない人に助けを求めてください。
それは決して恥ずかしいことではありません。

私と同じように
「今逃げたら未来が不安」
と思わなくて大丈夫です。

嫌なことから逃げることが、幸せへの一番の近道です。


「常識」「当たり前」という言葉を、私はよく耳にします。

でも、そもそも「常識」や「当たり前」とは何なのでしょうか。

育った環境が違えば、当たり前だと思うことも違います。
時代が変われば環境も変わり、考え方も変わっていきます。
10代と60代では、価値観や行動が違うのも自然なことです。

みんな簡単に「それが当たり前」「それが常識」と言いますが、実際には人それぞれ違うものだと思います。

だからこそ、自分の知っている常識を相手にそのまま求めてしまうのは、とても危険なことです。

ただひとつ、大切にしたいのは、
「人に迷惑をかけないこと」
「思いやりをもって接すること」

この2つだと私は思っています。

たとえ常識や当たり前の基準が違っていても、この考えがあれば大きな争いになることは少ないはずです。

意見が違うことは悪いことではありません。
違うなら違うなりに、折り合いをつけていけばいい。

本来、人間関係とはそうやって築いていくものだと思います。

今私が書いている内容も、子育てのことも、考え方がまったく正反対の人もいると思います。

でも私は、新しい発見というのは、今までとは違う方角から見たときや、反対側から物事を見たときに生まれるものだと思っています。

それは人との考え方の違いも同じです。

自分にはなかった視点に触れることで、
「そんな考え方もあるんだ」
「そう見えることもあるんだ」
と気づけることがあります。

人はつい、自分の見えている景色だけが正しいと思ってしまいがちです。
でも、少し角度を変えて見るだけで、まったく違う答えや優しさに出会えることもあります。

だからこそ人との違いを否定するのではなく、
“新しい発見をくれるきっかけ”として受け止めることも大切なのかもしれません。


最後に

あの頃は本当に辛くて、毎日心がすり減っていくような感覚でした。

でも今振り返ると、あの経験は私にとって大きな学びをくれた出来事だったと思っています。

実際に自分がその立場にならなければ、ここまで深く人の気持ちや苦しさを考えることもなかったかもしれません。

ポジティブに言うなら、
「大変だったけれど、なかなかできない貴重な経験をさせてもらい、とても勉強になった」
そんなふうに今は思えています。笑

もちろん、ここに書いた内容はあくまで私自身の考えや体験でしかありません。

それでもこの文章を読んで、
「もしかしたら自分も同じ状況かもしれない」
「今の苦しさは我慢しなくていいのかもしれない」
と、何かに気づけた方がいたなら嬉しいです。

そして、今まさに大変な状況にいる方にとって、少しでも心を守るための参考になればと思っています。

辛い経験も、いつか自分を守る力や、人に優しくできる強さに変わる。
私はそう信じています。

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